測量成果の品質管理(その2)
―測量分野での初の国連決議―
セミ・ダイナミック リダクション
前回、2015年2月の本欄において「測量成果の品質管理」を述べました。また、3月6日横浜と3月11日大阪において、「高精度化する衛星測位位置と既存の地図の位置の不整合=ビジネス機会」に関する講習会を行いました。衛星測位の位置と既存の地図の位置のずれは、今後の測量業界のビジネスの一つになり得るものです。講習会に参加したお客様から、同様な内容の国連決議が2月26日に行われた。 測量に関する初の国連決議である。ことを教えていただきました。日本だけでなく、国際的なビジネスがやってきた感じがします。国土地理院Webサイト(3月3日)参照。
1.衛星測位と地図の不整合:期待される日本の支援技術
日本の場合、衛星測位の位置と地図の位置が400メートル余りずれていました。2002年度、日本の測地基準系は「世界測地系」へ移行し、そのずれは解消しました。まだ、世界測地系へ移行していない多くの途上国では、衛星測位の位置と地図の位置が100メートル単位でずれています。今回の国連決議は、衛星測位の成果を世界に行き渡らせるもので、その支援に準天頂衛星を含む日本の技術が大きく貢献するものと思います。
日本では、衛星測位と地図の位置のずれに関して、次の処理を行ってきました。
? 日本測地系(明治)の地図:100メートル級の不整合
TKY2JGD(座標変換パラメータ)による座標変換で整合
? 日本測地系2000(東日本大震災前)の地図:メートル級の不整合
PatchJGD(座標補正パラメータ)による座標補正で整合
? 定常的地殻変動の影響:デシ/センチメートル級の不整合
セミ・ダイナミック補正(地殻変動補正パラメータ)による定常的地殻変動の補 正で整合
以上のソフトウエアとパラメータは、全て国土地理院により公開されていて、誰でもお使いになれます。標高の処理を除く水平位置の処理は操作も簡単です。こうした日本の技術は、途上国支援に大きな役割を担っていると思います。
その様子を図1に示しました。
図1 衛星測位と地図の不整合処理
2.セミ・ダイナミック補正
衛星測位結果を元期に化成する方法は、国土地理院による「公共測量におけるセミ・ダイナミック補正マニュアル(平成25年6月)」に定められています。地殻変動補正パラメータを使って、定常的な地殻変動による歪みの影響を補正するもので「セミ・ダイナミック補正」と定義しています。図2はその概念図です。既知点A,B,Cの地殻変動が同じ大きさで平行の場合、未知点Pのセミ・ダイナミック補正は、零になります。
セミ・ダイナミック補正の対象は、スタティック測位に限られていています。例えば、精密単独測位(PPP)結果を元期へ補正する目的にセミ・ダイナミック補正は使えません。
図2 セミ・ダイナミック補正
図3は、日本列島の定常的地殻変動です。国土地理院が公開している「セミ・ダイナミック補正」に使う「地殻変動補正パラメータ」を図示したものです。日本列島の平均的地殻変動速度は、年間数センチメートルですから、北海道や西日本の地殻変動による17年間の元期と今期とのずれは平均的に(3センチメートル×17年)=0.5メートル程度になります。沖縄でのずれは、約1メートルになります。
図3 日本列島の定常的地殻変動
東日本大震災の影響を受けた東北・関東・北陸の1都19県の元期は、2011.4です。震源に近い地域では、元期から2014.0の今期までの2.6年間に最大0.7メートルもずれています。定常的地殻変動というより、余効変動によるものです。定常的地殻変動を大きく上回るこの余効変動は、引き続き進行していて、セミ・ダイナミック補正とは別の対策が必要になります。
3.セミ・ダイナミック リダクション
セミ・ダイナミック補正の場合、年度を通じて使う今期座標は、1月1日前後1週間の「F3解」の平均値を使います。年度末の3月31日の場合、15ヶ月前の座標が今期座標になるわけです(図4)。日本列島のおおよそ年間数センチメートルの定常的地殻変動に対する補正誤差を見込む必要があります。既に述べましたように、東北地方の震源域の余効変動は大きく、この場合、最大10センチメートル程度の地殻変動の補正誤差が見込まれます。
図4 セミ・ダイナミック リダクション
測定時のリアルタイムF3座標により元期へ化成
センチメートル級を確実にするためには、さらに、次のような「セミ・ダイナミック リダクション」が必要になります。
国土地理院は、日平均値として「速報解R3」と「最終解F3」を公開しています。F3解は精密歴に基づく正確な値で2週間後に公開されます。このF3解から元期座標を減じた値を「セミ・ダイナミック リダクション」に使います。元期から測定時のリアルタイム座標までの値であり、国土地理院が公開している今期座標より時間軸が正確になっています。
なお、「セミ・ダイナミック リダクション」は、公的名称でなく、弊社が開発したソフトウエア「プログラム名SemiDynaRDC」によるものです。
IGS05による今期座標から元期の座標を減じた値が、「地殻変動補正パラメータ」です。地殻変動が小さい地域において、地殻変動補正パラメータを使って、精密単独測位(PPP)結果を元期へ補正することは可能です。
図3に示した震源域における0.7メートルにおよぶ大きな地殻変動地域では、15ヶ月の時間差による地殻変動の差はデシメートル単位になるわけですから、センチメートル級の品質を保証できないと思います。
4.F3解
F3解は図5に示すように、日本列島周辺のIGS(International GNSS Service) 点に基づいたITRF2005を基準とした座標です。一方、測量成果の元期の座標は、ITRF94及びITRF2008座標ですから、ITRF2005とは異なった座標です。これらの座標の違いを調べます。
地震の影響を受けた東北・関東・北陸の1都19県の元期は、「2011.4」です。この地域における2011年の地殻変動補正パラメータは、2011.4前後の1週間のF3解の平均値を使っています。測量成果は、ITRF2008(元期2011.4)が元期座標ですから、地殻変動補正パラメータは、これらの座標が整合していれば零になります。
国土地理院が提供しているセミ・ダイナミック補正計算を利用して、東北と関東地方における「2011パラメータ」に基づいて「地殻変動補正量」を計算したところ、「緯度方向2mm、経度方向7mm」及び高さは「−5cm」程度でした。F3解に基づくセミ・ダイナミック リダクションは、水平方向のセンチメートル級位置の保証になっていますが、高さに関しては、「−5センチメートル程度のバイアス」があり、センチメートル級位置の保証というわけにいかないようです。
すなわち、F3解に使われているIGS点の2011.4の座標は、ITRF2008の2011.4の座標と若干異なっています。そのため、F3解により求めた元期座標に偏りが生じているのです。
図6 つくばの国土地理院構内にある電子基準点網と結合したIGS点アンテナ
背景は筑波山の女体山と男体山(筆者撮影)
5.品質評価
「ISO 1900及びJIS X7100(地理情報)シリーズ」は、位置の品質評価として「精度(precision)」でなく「正確度(accuracy)」を定めています。この基準は、公共測量作業規程の準則に導入されています。
図7 正確度(accuracy)と精度(precision)の概念
精度は"測定値の再現性(repeatability)"で定義され、正確度は"参照値との近さ(closeness)"で定義されています。いくら高精度でも図7に示すように的外れでは、正確な品質評価にはなりません。
精度の尺度
精度の代表的尺度は「標準偏差」です。同精度の測定値x1,x2,.....,xnがあるとき、平均値μと標準偏差σは、分散(σ2)の正の平方根として次式で定義されます。ここで、正規分布等確率分布を仮定する必要はありません。
正確度の尺度
正確度の代表的尺度は「RMS誤差(Root Mean Square Error)」です。参照値(τ)、偏り(β=μ−τ)としたとき、RMS誤差は次式で定義されます。
下の表1は、2013年2月における計測結果(X)と参照点の2013年度(2012.0)の今期座標(X0)におけるそれぞれの座標差(X−X0)から計算した「標準偏差(σ)」、「偏り(β)」及び「RMS誤差(M)」です。
観測点 | 標準偏差(cm) | 偏り(cm) | RMS誤差(cm) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
緯度 | 経度 | 高さ | 緯度 | 経度 | 高さ | 緯度 | 経度 | 高さ | |
栃木 | 0.6 | 0.4 | 1.4 | -2.4 | 7.9 | -1.7 | 2.5 | 7.9 | 2.2 |
千葉 | 1.1 | 0.8 | 2.3 | -1.6 | 5.1 | -3.4 | 1.9 | 5.2 | 4.1 |
つくば | 1.0 | 0.7 | 2.2 | -2.5 | 6.1 | -2.6 | 2.7 | 6.1 | 3.4 |
横須賀 | 1.0 | 0.8 | 2.6 | 0.4 | 1.8 | -5.3 | 1.1 | 2.0 | 5.9 |
経度方向の偏り(β)が「7.9cm,5.1cm,6.1cm,1.8cm」と大きいのは、2011年東日本大震災の余効変動の影響と推定できます。関東地方の余効変動は、東向きに大きく若干南向きの変動があります(末尾図7参照)。丁度、その影響が偏り(β)に表れています。
参照点の座標(X0)は、元期2012.0の値です。計測は、2013.2に行われました。元期と測定時期に1年余り時間の差があります(図3参照)。従って、余効変動の大きい震源に近い「栃木」や「つくば」で余効変動の影響が偏りとなって表示されていると推定できます。表1に示した実証実験において、セミ・ダイナミック リダクションが使われていれば、偏りはほとんど零になるはずです。
図9に示すように、この地域の高さの余効変動はほとんどありませんが、表1における高さのバイアスは「負」が卓越しています。このバイアスは前述のITRF2005とITRF2008のフレームの影響が生じているのかも知れません。
まとめ
準天頂衛星の活躍等で衛星測位の品質は、今後目覚ましく改善されると思います。その成果と既存の地図等の位置との不整合は、国連決議のような形で、国際的な課題になってきています。我が日本の場合、世界測地系が実現し100メートル単位の座標の不整合は、限られた事業に残存しているだけです。
日本では、センチメートル級の正確位置の品質が求められてきています。その実現を目指して、地殻変動の影響の除去と正確度を尺度とした品質評価によりセミ・ダイナミック リダクションの必要性を確認しました。関係者各位の参考になれば幸いです。
2015年3月26日
技術顧問