測量成果の品質管理
準天頂衛星の登場により、測量成果の品質はますます向上します。その結果、既存の品質管理に基づく公共測量の成果や各種地図との不整合が目立つようになってくると予想されます。今回は、測量法(公共測量)、国土調査法(地籍測量)及び不動産登記法(土地家屋調査士調査・測量)等における品質評価基準を考察したいと思います。
1.準天頂衛星・マルチGNSS時代の到来と位置の高精度化
去る2015年1月27日国土地理院村上真幸参事官は、日本国土調査測量協会新春講演会における「スマートでコンパクトな基準点体系」と題する講演の中で、"数年後の日本上空でも常時30機以上の利用可能なマルチGNSS環境が到来すると予想されています。"と、準天頂衛星時代の到来を述べています。
図1 2015年3月6日13時、東京における衛星配置(提供:JAXA)
図は、JAXA(独立行政法人 宇宙航空研究開発機構)のWebサイトからダウンロードしたプログラム「QZ-radar」(http://qz-vision.jaxa.jp/USE/ja/qz_radar)による「2015年3月6日13時、東京、マスク角15度」における衛星配置です。現在は日本上空に5機のGPS衛星が確認できます。30機となる近未来における測量成果の品質は大きく向上すると思います。
2.公共測量の品質
地上の測量の世界は、公共測量及び地籍測量が大きな役割を果たしています。公共測量作業規程の準則(以下、準則という。)第43条は、網平均計算の結果の許容範囲を次のように定めています。
1級基準点 | 2級基準点 | 3級基準点 | 4級基準点 | |
---|---|---|---|---|
新点位置の標準偏差 | 10cm | 10cm | 10cm | 10cm |
新点標高の標準偏差 | 20cm | 20cm | 20cm | 20cm |
・位置の誤差の許容範囲:20cm(95%)
表1では、新点位置の標準偏差は、10cmと定められています。従って、新点の位置20cm(2×10cm)の範囲に落ちる確率は95%であり、新点の測量誤差が20cmを超える場合が5%になるのです。すなわち、100点の基準点のうち5点は、その位置誤差が20cmを超えても許されるのです。
公共測量の位置と衛星測位の位置とが、10cmや20cm不整合があってもあまり驚いてはいけないと思います。
【注】"異なった時期の測量成果がその境界で「10cm」も食い違うがどうしたらよいか?" こうした類の質問がしばしば寄せられます。筆者の回答は、"計画機関とも打合せ座標の不整合の事実をありのまま受け入れ、無理して調整計算しない。後続作業の参考のため、事実関係を記録に残しておく。"というものです。
・標高の誤差の許容範囲:40cm(95%)
新点標高の標準偏差は、20cmです。従って、新点の位置40cm(2×20cm)の範囲に落ちる確率は95%であり、5%の新点の測量標高誤差が40cmを超える場合があります。
・多角測量の許容範囲:200mで19cm
準則第42条は、TS等における点検計算の許容範囲を次のように定めています。
1級基準点測量 | 2級基準点測量 | 3級基準点測量 | 4級基準点測量 |
---|---|---|---|
水平位置の閉合差 | |||
10+2√N×S | 10+3√N×S | 15+5√N×S | 15+10√N×S |
標高の閉合差 | |||
20+5S ⁄√N | 20+10S ⁄√N | 20+15S ⁄√N | 20+30S ⁄√N |
上記表2に基づいて、3級基準点間200mの中に1辺50mの4級基準点3点を設置した場合、S=200m及びN=4ですから、許容範囲は次式のように「19cm」となります。
現在のTS測量機器を使えば、200mの距離の測定誤差は、1cm以内に確実におさまります。筆者は、"国土地理院の基準点体系の見直しの中で、200mで19cmにも及ぶ誤差の見直しの検討は?"と国土地理院に質問しました。国土地理院の回答は"見直しの検討をする計画はありません。公共測量においては、現在の等級区分や許容範囲で必要精度を満たしております。"とのことでした。
・ガウス時代の品質評価の限界
公共測量の品質評価は、18世紀末に発見された「ガウスの最小2乗法」が基礎になっています。足掛け4世紀昔の徳川第11代将軍家斉時代の基準ということで、現在の衛星測位などで使われている推計統計学に基づいた「95%の信頼性」のような基準はありません。表2に示した「許容範囲」は、「2σ:95%」なのか?「3σ:99%」なのか?明らかでありません。ガウスの最小2乗法は、統計検定のような理論はなく、品質評価には限界があります。
3.調査・測量実施要領(土地家屋調査士)
:公共測量の10倍の精度
日本土地家屋調査士会連合会は、地積測量図作成の測量技術基準である「土地家屋調査士調査・測量実施要領(平成16年)」を定めています。その第64条(点検測量)は、前述の表2に示す公共測量に定められた品質評価基準を指して"表に示す閉合差のおおよそ10倍程度の精度を確保することが望ましい。"として、独自の品質評価基準を示しています。
200mの測量誤差が19cmも許される荒っぽい公共測量成果は、お客様からきついお叱りを受け、調査士業務の著しい社会的信用失墜を招くことになるかもしれません。調査士業務においては、200mで1〜2cmの誤差におさめ、公共測量の10倍の精度を維持しないと、社会的責任がとれないということであると思います。
4.地籍測量と平均二乗誤差
地籍測量では、国土調査法施行令第15条関係の別表第四に定められた誤差の限度が使われています。不動産登記規則第10条第4項においても、この別表第四が誤差の限度として使われています。
精度区分 | 筆界点の位置誤差 | 筆界点間の図上距離又は 計算距離と直接測定による 距離との差異の公差 |
地積測定 の公差 |
|
---|---|---|---|---|
平均二乗誤差 | 公差 | |||
甲一 | 2cm | 6cm | 0.02m+0.003√Sm+αmm | 省略 |
甲二 | 7cm | 20cm | 0.04m+0.01√Sm+αmm | 省略 |
甲三 | 15cm | 45cm | 0.08m+0.02√Sm+αmm | 省略 |
省略 |
別表第四で注目する点は、「誤差の限度」が「平均二乗誤差」と「公差」に分けられ、次式となっています。
公差=3×平均二乗誤差
平均二乗誤差に基づく棄却基準が明確になっている点が、曖昧さの中にある公共測量と大きく異なる点です。3σ(さんシグマ)はよく使われる量で、1,000回の観測中の棄却数は3回(すなわち、99.7%信頼区間、危険率0.3%)というものです。
平均二乗誤差
公共測量の場合、おおよそ1970年代に「平均二乗誤差」の名目だけは、「標準偏差」に代えました。地籍測量の場合、施行令(閣議決定)ということもあり、簡単に名目変更ができずにそのまま現在も「平均二乗誤差」を使っているものと推定できます。
平均二乗誤差は、ガウス分布に基づいた大標本が前提になっていて、現在地籍測量以外の測量で使われている例をみません。それに対して現在各方面で使われている標準偏差は、大標本の前提を必要としないもので、平均二乗誤差とは異なった品質評価の尺度です。これら2つの尺度を混同してはならないものです。
例えば、公共測量の計算式に定められた「水準測量観測の標準偏差」と名付けられている次式は、平均二乗誤差の式です。標準偏差の式とするのは誤りになります。
nは観測路線の鎖部数、uは各鎖部の較差(mm単位)、Sは各鎖部の距離(km単位)
5.衛星測位で使われる位置の
品質評価尺度 2DRMS(95%)
衛星測位において、「2DRMS(95%)」の品質評価基準を使う例を多く見かけます。この定義は次のような内容です。
平面上のx、y成分の分散をそれぞれとした場合「Distance Root Mean Square:DRMS」は、次式で定義されます。
DRMS内に落ちる確率は68.3%ですが、2倍の2DRMS内に落ちる確率は、「2σ」相当の95.4%になります。おおよそのところの品質評価として「2DRMS(95%)」としています。
6.不確かさ (uncertainty)
品質評価の尺度として、測量では「正確度(accuracy)」及び「精度(precision)」が使われています。前者は"参照値との近接度"、後者は"測定値の再現性"で定義されていることは、測量関係者の知るところです。
最近、"測定値のばらつき"で定義される「不確かさ(uncertainty)」という品質評価の尺度が測量業界に導入されつつあります。ここでは「包含係数:k=2又は3」などの用語が使われています。「包含係数k=2」は「2σ」又は「2DRMS」に相当します。「包含係数k=3」の場合は、地籍測量の「平均二乗誤差」と「公差」の関係に相当しています。k=3でいえば、公差内に落ちる確率は「99%」を予想しています。
まとめ
絶え間なく新しい技術が出てきます。私達企業が発展していくためには、新しい技術を国民の利益に還元する努力が必要と思います。準天頂衛星時代に見合った正確な品質管理の確立は、国民の利益にかなうものと思います。例えば、弊社技術陣は、衛星測位時代における位置のセンチメートル級精度確保を目的とした「セミ・ダイナミック リダクション(プログラム名SemiDynaRDC)」を開発しました。定常的な地殻変動を正確に元期の座標に化成(reduction)するものです。正確な位置の品質管理は、車の自動走行など国民生活に欠かせないものと思います。
2015年2月
技術顧問